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ポケベルと携帯電話の普及

2010. . 05
「1993年の秋、~ほとんどの人はケータイもパソコンも持っていなかった。ポケベルでさえ持ってる奴なんて僕の周りにはいなかった。」



「携帯電話の普及」


携帯電話は、1979年12月、東京23区内で開始された 「自動車電話サービス」 がその始まり。

新規加入料 80,300円 の他に保証金 20万円 が必要、 基本使用料は月額 3万円、通話料金は平日昼間 6.5秒 10円 。


次第に小型・軽量化され、 1990年 には 200g、1996年 には 100g をきるものが登場。

1996年に加入台数が1000万台を超え、ポケベルの加入台数を抜くようになり、急速にこの年を境に普及していった。

ちなみに1999年2月22日にNTT ドコモの 「i モードサービス」 が開始。




「ポケベルの普及と衰退」

1990年代中盤には主力ユーザーであった女子高生を中心に、例えば「14106」=「アイシテル(愛してる)」というように、数字の語呂合わせでメッセージを送る一種の言葉遊びが流行し、個人対個人で他愛ないメッセージを送りあう道具として急速に普及し、頻繁に利用された。

1993年に製作されたテレビドラマ「ポケベルが鳴らなくて」や、同名の主題歌もヒット。

数字だけでなく、カタカナやさらには漢字まで画面に表示できるタイプも発売され、1996年には加入者の増大に対応するためFLEX-TD方式の導入が開始された。最盛期の1996年6月末には、約1077万件の加入者があった。

1995年以降、急速に携帯電話の料金が低下。携帯電話・PHSの普及と引き換えに、ポケベルの解約が増え始める。

1996年にドコモが新人だった広末涼子をCMに起用するが携帯電話への乗り換えは止まらなかった。

1999年10月末には加入者が約280万件まで激減した。





「PHSの普及」


1993年 - 札幌と東京で実験開始

1994年に、携帯電話に旧デジタルホン(現ソフトバンクモバイル)とツーカーグループの新規参入があって、携帯電話間で激しいシェア争いや価格競争が始まったものの、まだ高額だったのに対して、PHSは本体価格・基本料金・市内通話料金が携帯電話に比べて格段に安いことから、初年度の1995年度には総計で150万台に達した。

1995年 - NTTパーソナル(現NTTドコモ)、DDIポケット(現ウィルコム)(共に7月1日)、アステル(10月1日)各グループが本サービス事業を開始

その後、通話エリアの拡大や本体機能の充実、本体及び新規手数料を無料とした契約促進キャンペーンや販促用景品やクイズなどの賞品への利用なども頻繁に使われたためにPHS加入者は急激に増加し、1996年末には総計600万台を突破する。



テレビドラマ「ポケベルが鳴らなくて」



広末涼子 - ドコモポケベルCM


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